「まる」に「チョン」

こんにちは、なおです♪

今朝は息子たつきのいない
静かでヘンテコな朝でした。
(そういえば、私ってば独り暮らしをしたことがないのよね)

修学旅行、楽しいだろうなあ。
お土産話、何時間かかるかなあ。
ああ、高校卒業したら
きっと弾けるように出ていくんだろうから
しっかり楽しんでおかないともったいないなあ。

 

というわけで、今日もお仕事。

 

いま本格的に取り組んでいる
野崎友璃香さんの『ハワイアンデトックス』の原稿の
友璃香さんにお渡しする前の最終チェックをしています。
考え方も素敵だし、特に女性は必読だなあ。

ハワイは遠いんだけど、魂が近いのかもしれません。

拙著の中に書いていることなのですが
王国であった頃のハワイには
「カフナ」と言われる人たちがいて
精神的指導者であり、お医者様であり、教師であった。
「カフナ」は「秘密」という意味で
その知識、智慧は口伝でのみ伝えられてきた。
その一端が、ロミロミであったりホ・オポノポノであったりする。

大和の国もそういう感じなんですよね。
中矢伸一先生のお話をまとめていると
(こちらも頑張ってつくってます。すっごい内容です~)
神道のことが出てくるのですが
「かた」があるだけなんですね。
ハワイだと、フラがそういう感じなのかな。

で、いまってその「かた」をなぞるだけになっちゃっている
つまり「まる」に「チョン」が入らなくなってしまっている
状態なんだろうと。
私たちはそこに「チョン」を入れていかなきゃならないわけですね。

というわけで
読者皆さまはぜひ楽しみにお待ちくださいね^^
そして、友璃香さん、こんなところからなのですが
もうちょっとだけお待ちくださいね~。

なお、5月30日に
『ハワイアンデトックス』出版記念イベントを
ハワイから野崎友璃香さんをお迎えして
東京四谷の船井セミナールームで開催します。
そちらもあわせて、お楽しみに~♪

2015年4月15日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

ハイかイエスしかない

おはようございます、なおです♪

今朝、いよいよ修学旅行に出かける息子たつきを
姫路駅に送っていこうとマンションを出た瞬間
突然バケツをひっくり返したような雨!!

学ランびしょぬれになっちゃったけど
それもまた良い思い出になるんだろうな。

九州へ二泊三日。
二年生の時からいろいろと準備をして
班が決まったら好きだ嫌いだいろいろあるし
泊まるのがANAだっていうからびっくりしたりね。
私は高校の修学旅行が九州だったので
そのときここでこんな写真撮ったから、
たつきも同じ構図で撮っておいでよとか
おやつは800円までだからと1円単位でいろいろ考えたり
あれは持ったか、これはどうだと大騒ぎして。

最後におばあちゃんにもらったお小遣い握りしめ
ちゃんとお父さんにチーンとご挨拶して
嬉しそうに出かけていきました。

ああ、見送るってなんて幸せなんだろう。
お母さんって幸せなお仕事だなあ。
心いっぱい楽しんでおいで~♪

 

しばし余韻に浸る……。

 

さて、見送った後はお仕事です。

そういえば
最近なにかで読んだんだけれど
仕事は暇そうな人に頼んだらダメなんだって。

どんどんデキル人のところに仕事が集まって
その人はさらにスキルアップしていく。
そういうスパイラルが起こっている人に頼めばいいんだって。

欧米では、競争社会とか以前の問題として
その考え方が定着しているので
トップの人たちは尋常じゃないくらい仕事が速くて
しかもクオリティがとっても高いんだそうです。

で、そういう人たちは忙しいはずなのに
忙しいって感じさせない。
ということは、忙しい忙しいって言ってる人は
まずもってあかんってことですね。

あとね。
「良いお仕事がしたい」って思うと
「良いお仕事だ」と感じられるように
良くないと感じるようなお仕事も一緒にくるんだって。

引き寄せって単純と言えば単純だけど
こちらの思う単純とは違うのね。

「ハイかイエスしかない」という有名な格言?がありますが
最近あれは本当なんだろうと思います。

仕事してると
ほんっとに試されるようなことがいろいろあるけれど
どうせやるんだったら
自分から感謝して楽しくさせていただきたいなと思います^^

ま、要するに、山積みのお仕事の前で決意表明しているという話。

それでは皆さま、今日も一日、ふぁいと、おー☆

2015年4月14日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

「にじ色の未来へ」

こんにちは、なおです♪

昨日、サラ・シャンティにて
絵本『にじ色の鳥』出版記念の集いがありました。
あったかくてキラキラして
とっても楽しかったです^^

11131884_639795326164235_1831782862_n (1)

 

主催しておいて言うのもおかしいですけれど
ご参加の皆さま、よっぽど楽しかったのか
遠足にでも行ったのかーい?!というくらい
ブログやFBに写真いっぱいアップしてくださっています。
(この写真はゆりこ・なおこ・えみかの三姉妹?とゆげちゃん)

ゆげちゃん(弓削田健介さん)のお歌がとっても素敵で
朗読でコラボさせていただいたのは
ちよっとプロ気分、本当に幸せなひと時でした。
ゆげちゃんのお歌(さすがにCDになるけど)とコラボで
関西大会で朗読させてもらおうかーという話になりました。

あ、それで昨日感じたことをツラツラ書いていたら
詩みたいになったので
(製作時間10分なので変だったらごめんなさい)
かかわってくださったすべての方への感謝を込めて
ここにアップしておきたいと思います。

 

「にじ色の未来へ」

今、いのちを輝かせて生きるために
いちばん必要なことは
素直であること

素直であることとは
裸であること

傷つくことを恐れないで
足りないところを取り繕おうとしないで

悲しかったら泣いて
腹が立ったら怒って
そうして、嬉しかったら楽しかったら
思いっきり笑って

あんなこともダメじゃないか
こんなこともダメじゃないか

転んで傷ついて泣いて帰ってきた子供たちを

お母さんはお父さんは
ただ静かに抱きしめる

そう

だけどいいんだよ
それでもいいんだよ

世界は広い
つまずいたその場所から
空はどこまでも美しく宇宙へと続く

さあ
疲れたこころと身体を休めたら
また飛んでごらん

今度はもうすこし高くまで飛べるよ
そしてそこから見える景色は
今よりももっと美しい

そしてそれは
子供たちだけにできることなんじゃない

だって子供と大人の区別なんて
ほんとうは何にもないんだから

私たちは知っている

お父さんもお母さんも
ちゃんとこの私といういのちの中に
息づいているということを

大人になったからこそ
たくさんたくさんの過去を経てきたからこそ
私たちは七色の光を放つ
にじ色の「今」を羽ばたくことができる

もう
傷つくことを恐れないで
足りないところを取り繕おうとしないで

だからいいんだよ
だからこそいいんだよ

世界は広い
つまずいたその場所から
空はどこまでも美しく宇宙へと続く

さあ
疲れたこころと身体を休めたら
もっと高く飛んでみませんか

あなたといういのちの望む空
宇宙へと続く
にじ色の未来へ

2015年4月13日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

いみたちお、みちこさま(美智子さまに倣いて)

おはようございます、なおです♪

昨日、所用があり一人で車で出かけた時に
すこし空き時間があったので
珍しく車のテレビをつけると
ちょうど明仁の大君と美智子さまがパラオペリリュー島で
祈りをささげてくださっているところでした。

心合わせると
主義や主張など超えたところで
小さき私にも涙が流れるのが不思議です。

そうして午後、きれい・ねっと新刊
『寄りそう皇后美智子さま 皇室の喜びと哀しみと』の
ご紹介文ができました。

以下ご紹介します。

*********************************************************

『寄りそう皇后美智子さま 皇室の喜びと哀しみと』
(宮崎貞行・きれい・ねっと刊)

わが国の元首である天皇というお立場は、
国内において発生するあらゆる事件、事象を
すべてご自分の責任と受け止め、
孤独のうちにどこまでも負われゆく存在です。

陛下の最高の任務は、「昔の手振り」つまり伝統的な祭儀を通じて、
世の平安と浄化を祈られること。
おひとりで黙々と祭事をつとめ、
この世ばかりでなく、あの世の平安と浄化も祈り、
顕界と霊界の調和を図ろうとしておられます。
このお役目は余人をもって代えるわけにはいかないのです。

そして、その孤高のお姿に
そっと寄り添い続けるのが皇后美智子さま。
美智子さまはすぐれた歌人として知られ、
寄りそう心、思いやり、いたわり、ねぎらい、はげまし、分かちあいの心を
三十一文字のなかに凝縮した歌の数々は、
歌壇だけにとどまらず海外でも高く評価され
深い感銘を受ける人が増えています。

本書では、美智子さまのすぐれたお歌を手がかりとして、
ご苦労の少なくなかった宮中生活の歩みを駆け足でたどります。
激動の時代を迎えている今、私たち一人ひとりが
美智子さまのお歌を通じて、皇后の御心に寄りそい、
さらに皇后のまなざしと振るまいを学び、
これに倣って日々の生活を歩んでいきたいものです。

御心にどこまで身近に寄りそうことができるか、
どこまで深くまねぶことができるか、
それは著者と読者自身のまなざしの深みに
かかっているのではないでしょうか。

*********************************************************

 

k150429

 

 

発行日は昭和の日4月29日とさせていただくことになりました。
4月中旬にAmazon及び弊社ネットショップにて予約開始。
4月下旬に一斉に発売されます。
今回は大手書店さまにも配本されるよう
がんばって働きかけていくように準備を進めています。

どうぞ多くの方のお手元へと届きますよう
祈りをこめて、製作を進めてまいりたいと思います。

追伸
7月5日、大阪オーバルホールで開催の
「舩井フォーラム関西大会」に
このご本の著者、宮崎貞行先生と我らが赤塚高仁さんが
そろい踏みにてご登壇くださることになりました。
どうぞお楽しみになさってくださいね^^

2015年4月10日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

自分を感じきること

こんにちは、なおです♪

時間を見つけては少しずつ
いろんなデータの整理をしているのですけれど
いつ、なんのために書いたのか分からない
何かの下書きのようなそうでもないような文章が
時々出てくるんですね。

で、今日も出てきたのですが
これがなんとなく大切そうな気がするので
ここにアップしておきたいなと思います。

すでに開いていると言われている
新しい時代のゲートから
どんどん入ってくるエネルギーを
苦痛として感じるか喜びとして感じるかの分かれ目は
どうもここに書いてあるようことに
関係しているような気がするので^^

**************************************************************

たぶん今って、統合するとかワンネスとか認め合いとか
そういうことがされていく時代だし
その片鱗はそこここに感じられると思うんだけど
その前に、いや、その過程としてかな
やらなきゃならないことがあると思うんです。

とっても大切なのは、
自分を感じきること。

だって、そのためにいのちは分かれたんだから。

起こることがすべて「必要必然ベスト」だなんていうことは
当然のことだけど
自分にとって本当に辛いことに対して
心、違うな、魂の底から
これは私にこそ必要なことだったと思い知ることは
本を読んだとか、人に教えられたとか
エネルギーを入れてもらって断ち切ったとか
そんな人任せなんかじゃ無理なことなんだろうと思います。

起こりくる「汚い」と言われるような感情から逃げたり
きれいな世界を言い訳にしていたら
結局追いかけられることになる。

目に見えない世界につい憧れるけれど
身体を脱いだら、誰だってその世界の住人なんだもの。
それでいいなら、
わざわざ分かれる必要なんてないってなっちゃう。

分かれていて、だから不完全だし
そして、時間をつくったから、距離をつくったから
人には自分だけの力では叶わないことばかり。

その悲しさや辛さ、はがゆさを知って
いかに分かれた「宇宙のかたわれ」が大切なのかを
切られるような想いをして知るんだと思う。

それを経てはじめて
「あ、つながっている」という存在や出来事が
ほんとうに感動をもって感じられる。

そんなの分かってるよという人から
(知識としてではないよ、念のため)
分かる途上にある人から
あー、だいぶ先ねっていう人まで
段階は色々なんだけど
一時的な攻撃も無関心も、続く輪廻も
すべては自分を感じきるために繰り返されていること。

感じきる方法なんて
実はそんなに大それたことじゃなくて
自然なことだったんだろうと思うんですよね。
そして、今も実はそんなに大変なことじゃないんですよね。

目の前の一つひとつを大切にすること。
ただ、この時大切なのが
がまんはしないっていうこと。

誰が褒めてくれても認めてくれても
それは相手を認める想いをもった人の方には
意味があるんだけれど
一時の感情としては安らいでも
本質的には何にもならない。
甘えや依存が生まれたら、逆に自分からは遠ざかっちゃう。

自信のなさとか、羨ましい気持ちとか
好き嫌いの気持ちもあるし
案外勝ちたいと願っていたりもするし
そんな自分の感情を嫌わないで、
感じて、抱きしめて許して。

人の心に寄り添いたい、人を癒したいという人が
とてもとても多いのは
もしかすると自分が寂しいからかもしれません。
まずその弱さを感じて、認めて、抱きしめて許して。

そうすると、あるときふわっと包み込まれる感覚があるんです。
感情から解放されて、
満ち満ちている愛に気づくというのかな。

それに気づいたら、もっともっと自由自在に
自分といういのちの今が楽しめるんじゃないかな。
そうしてこれは、
ひょっとすると輪廻というこれまでの地球独自のシステムの
終了を意味するのかもしれないなあ、なんて。

そんな、ちょっとすごいところまで
想像の翼が広がってしまったのでした☆

2015年4月9日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

分かれ道

おはようございます、なおです♪

その昔、舩井幸雄先生と
お手紙やファックスのやりとりをさせていただきました。

もっと深いつながりの方がたくさんいらっしゃる中で
先生の最晩年ともいえる時期に
ほんの少しのご縁でしたが
わがままばかりの拙い手紙に
真摯に応えてくださったことは私にとって一生の宝物です。

そして、川田薫さんを先生にお引き合わせする
たぶん今生での大日如来さまの
大切なお約束のお手伝いがかなったこと。
その後、先生が命をかけて開催されてきた
オープンワールドの後継となる舩井フォーラムに
かかわらせていただいていることは
なんとも言えないご縁なのだろうと感じます。

なんで急にこんなことを書いているかというと
今朝、偶然にものすごく古い『ザ・フナイ』が
目の前に出てきたのです。
もちろん創刊号から読んでるから全部あるにはあるのだけれど
いや、ほんとに急に出てきたの。
引き出しあけたらあったんだもん。→ちっちゃいオジサンの仕業?

2010年11月号
先生が船井本社の代表を退かれて
舩井勝仁さんに任せることを宣言された号でした。

とりあえず、読もうというのがひとつと
もうひとつあってね。

私のような小さな者でも
もったいないようなお手紙や
お心づくしのお品をお届けくださる方がいらっしゃいます。
時には、あ、それね、ルール違反だよというものもありますが
それだって、一生懸命の気持ちのこもったもの。

バタバタしていると義務感みたいになってくるんだけれど
それこそ分かれ道だよねと思うのです。

いただいたかかわりを大切に
ガーッと片づけるというのではなくて
ちゃんと向き合う、焦らないで心にゆとりを持って。

新年度、気をつけていかなくちゃいけない大切なメッセージが
ちゃんとあらわれてきます。
人は見たいものを見たいようにしか見ないものだけれど
心を澄ましてひとつずつ丁寧にと思います。

2015年4月8日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

『にじ色の鳥』出版記念の個展と集い

こんにちは~♪

メルマガがようやく書けて、今配信したのですけれど
なんか、超男性的というか哲学的?になってしまいました。
いっきに書きあげたので、書かされたのかもしれません。

そのメルマガにも掲載したのですが
12日に優しくてあったかいイベントをします。
優しくてあったかいんだけど
そこは美魔女中山えみかさんの絵本ですから
意味のある出逢いが満載になること請け合いです。

アーティストゆりこちゃんのいろいろは
彼女のブログをぜひご一読くださいね^^
http://ameblo.jp/yuri-kobe/
なお、ほんのさっきポストカードブック『色、いろいろ』が仕上がったので
個展に間に合うようにお届け予定です♪

ピンときた方は、神戸六甲まで
ぜひぜひお運びくださいね~☆

☆絵本『にじ色の鳥』出版記念の個展と集いを開催します

たくさんの人たちでそんな集いを開催するのも
パワフルでよいのだけれど
ほんわかと安心できる時間を過ごすのもまたステキです。
いうなれば昔の大家族のお楽しみ会みたいな感じかな。

この度、大好きなお友達の中山えみかさんが
ご自身のいのちの物語を一冊の絵本にまとめられました。
http://kilei.ocnk.net/product/247
愛あふれるやわらかな絵は川上ゆりこさんが担当くださいました。
彼女の絵を会社の自分のデスクに飾れるような男性が増えたら
平和な社会がすぐくるよね、というご感想があって
思わずうなずいてしまいました。

12日(日)の午後、この絵本『にじ色の鳥』の出版記念の集い
そして、それにあわせて川上ゆりこさんの初の個展を
神戸六甲サラ・シャンティで開催いたします。

音楽家弓削田健介さんによる演奏や私、山内の朗読もあります。

詳細は以下のとおりですので
上も下もなく、優しくてあたたかくて素敵な時間
ぜひ心地良い春の午後をゆっくりとご一緒できましたら幸いです。

◇絵本「にじいろの鳥」 出版記念の集い◇

日時:4月12日(日)13:30~16:30(13:00開場)
会場:健康道場サラ・シャンティ(阪急六甲駅すぐ)
http://www.npo.co.jp/santi/spot/access.html
会費:2,500円(会員2,000円※)絵本『にじ色の鳥』プレゼント

4月9日(木)~15日(水)同会場1階のギャラリーにて
絵を担当された川上ゆりこさんの個展が開催されます。(入場無料)

◆ お問合せ・お申込み ◆
 お申込みはお申込みフォームへ記入頂くか、
 下記いずれかまでイベント名・お名前・参加人数・ご連絡先
 会員の方はその旨(文心くらぶ・にんげんクラブ・GOP)をお知らせください。
 Mail : info@kilei.net(件名を「にじ色の鳥」としてご連絡下さい。)
 TEL : 079-285-2215 FAX : 079-222-3866
 ※なお、お支払いは当日受付にてよろしくお願いいたします。

2015年4月7日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

現実的な課題

おはようございます、なおです♪

今日から新学期ですね。
最近、なんとなく変わり目を迎えている息子たつき。
元気に出かけていく姿はいつもどおりだけれど
ずいぶん大人びたもんだなあと思ったりして。←親ばか

昨日とっても嬉しかったのは
自家製のお味噌を使ったお味噌汁。
あーんまり好きじゃなかったんだけど
突然「なんか最近味噌汁が美味しいからおかわり^^」って。
うーん、嬉しい♪←親ばかというか新妻か?

それはそうと、きれい・ねっとでは
経理システム上の不具合が出てしまって
週末はずーっとパソコンとにらめっこしていました。

月蝕だから、もっと不思議系のメッセージがくると思ったら
まあ、驚くほど現実的な課題。
でも考えようによったら漠然としているより全然いいですよね。
ちょうど色んな意味でスタートの時ですから
ここで足元をしっかりしておくようにということだろうと感じています。

当たり前の話だけど
会社って表に出ている内容(私なら出版ね)以外の仕事が
実は膨大にありますよね。

で、出版にしたって
私のやっていることで表に出ているのは企画編集だと思うんだけど
それ以外のお仕事が膨大にあります。

ついでに自前のイベントとか
別の会社様のお仕事とかもやっているわけだから
まあ、なんていうか
たぶん一人でやる仕事の量ではない。

一人で会社を始めたんたけど
普通なら絶対つまずく
流通システムの計算などが
結婚前にシステムエンジニアをしていたことや、
たつきが生まれるまで会計事務所に勤めていたことで
スイスイできちゃったんですね。

ミラクルなんだけど
でも、実はこれは褒められた話ではなくて。

今はKさんが手伝ってくれているとはいうものの
パートさんなのでネットショップと文心くらぶの対応で手いっぱい。
それでも超ありがたいんだけど
200タイトルを超えるご本が
絶版がないから日々動いている現状で
新しい書籍をつくりながら
流通と直販、イベントなどなどの様々な販売体制を維持して
それらを管理していくというのは、
まあ、無理な話ですよね。

小さな出版社でいい、という自分の中の枠を外したのが
たぶん昨年の感謝祭あたり。
結果として昨年は身体が悲鳴を上げて倒れてしまい
それ以降、夜なべはしたくてもできなくなりました。

そして、いよいよスタート地点に立ったのが
きっと今年の感謝祭。

これまでも少しずつ進めてはきたのだけれど
この不具合をきっかけに
お仕事の整理をきちんとして
より大きなお仕事へと発展させていこうと決意をあらたにしています。

というわけで、たぶん今日いっぱいで復旧できそうなので
あと一息、がんばりたいと思います。
ついでに今日はメルマガも発行したいんだゾッ!
皆さまも楽しく素敵な新年度、ご一緒に楽しみましょうね~☆

追伸
12日(日)の『にじ色の鳥』出版記念のイベント
どんどん豪華な内容になっています♪
よろしければぜひ、春の神戸六甲にお出かけくださいね^^
詳細はこちら ↓
http://kilei.net/event/

2015年4月6日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

女性性の時代ってなんだろう

おはようございます♪

今日も昨日の続きなんだけれど
今日は短め……と思ったけどまた長くなっちゃいました。
ちなみに今日の記事は誰でもなく完全に自分に向けて書いてます。

昨日ちょっとビジネスやイベントを立ち上げられる方が増えて
視界が広がる方が増えているって書いた時にふと思ったのが
やっぱりね、ビジネスって良くも悪くも男性性が強い世界なんですよね。
ここに徐々に女性性が加味されていくというのが
流れではあると思うのだけれど
人って自分を守るためなんだろうけれど
悪いところばっかり挙げてしまう風潮があるみたい。
でもそれじゃあトゲトゲしちゃうし
今度は男性性が損なわれてしまう。

ご本を創ることを仕事にして8年ほどになりますが
始めた当初を振り返ってみると
顔から火が出て、穴がなかったら掘ってでも入りたいくらい
恥ずかしくなります。
謙虚でもなんでもなく
お仕事のことが何にも分かっていませんでした。
(今も日々勉強中)

自分は良いことをしているんだから
大変な境遇を乗り越えてがんばっているんだからと
周囲の優しさや心遣いに気づかない状態で甘えて
周囲の意向を慮ることもできずに
自分の主張ばかりに声を大きくしていました。

これって、競争社会でね。
私可哀想だし、まだ右も左も分からないんだけど
良いことしようとしているし頑張っているんだから
あなたハンデつきで勝負してね。
で、当然だけどいろいろ教えてくれて応援してくれて
最終的には負けてよねって
言っているようなものなんですよね。

私の場合、周囲の皆さまが女性性の大切さを知っていて
それを取り入れようとされている
すばらしい方たちばかりだったのが災いして
ほんとうに自由にわがままさせていただけた反面
自分のおバカさんっぷりに気づくのがやや遅くなってしまいました。

厳しい人はほんとに宝物なんです。
人格というか器に差がありすぎると
トゲトゲとかならないから
気づくのがほんとに遅れちゃうんです。
器がすごいのにあえて叱ってくださる方に出逢えたりしたら
もう本当に幸せ者ですよね。

まあ、でも結局は
こういうことって指摘されるかどうかの問題じゃなくて
自分で気づかないといけないことだから
それで良かったんだとも思うのですが
今、見捨てられることなく会社を運営できているのは
もはやありがたいを通りこして
奇蹟といっても過言ではないと思っています。
とにかく、良いお仕事をして、ご恩返しがしたいといつも思っているのです。

で、そのにがーい経験上感じるのは
トゲトゲっとした状況やションボリの状況に陥った時
頭冷やして考えてみたほうがいいのは
ビジネスとしての決定的なルール違反をしているんじゃないかということ。

今は起業を目指している方も多いけれど
特に女性はこの点がけっこうポイントで
適度な男性性を素直な心で学び、
発揮していくことがとっても大切だと思います。
イベントなどもたとえ主催がボランティアであっても
お金をいただけばもうビジネスですから
「がんばっているから、最初の一歩だから応援しよう」っていう厚意によって
一度目はうまくいっても、そこから先はハードルがグンと上がります。

最近よくお名前を出していますが
以前、赤塚高仁さんから
人から人へのご紹介、橋渡しの大切さを
あらためて教えていただいたことがあります。
私に対してじゃなかったんだけど、しみじみとした口調で
「尚子さん、人が人を紹介するということの意味と覚悟を
 しっかりと感じていこうね」とおっしゃられました。
私の仕事は紹介から広がっていくことがほとんどなのですが
(どんなお仕事もみんなそうですよね)
たしかに考えてみると、軽く紹介をされる方がとっても多いかも。

だけど、本質を生きている方はつながることの大切さを知っています。
私の話がどんなものであれ
紹介された方は
紹介してくださった方のお顔が浮かんでいるから
貴重な時間を割いて話に応じてくださる。
そして、なんの利害もなくしてくださるその行為から
私の対応によっては、その両方のお顔を
何より大切な信頼関係までも潰すこともある。

急にこんな話になって恐縮なんたけれど
私の人生を変えたマンガ『エースをねらえ!』で
(ほんとにすごいから全18巻、よかったらぜひご一読を!)
宗方コーチが自らの死を予感して
主人公のひろみを支えてくれるように
ひろみの先輩にあたる藤堂さんにお願いするシーンがあるのね。

そこで、勝負の世界に女性が生きるときには
必ず優れた男性が命をかけて支える必要があるというようなことを
宗方コーチはおっしゃるのです。
初めて読んだ時(中学生だった)は
「なんでよー、差別じゃーん」と思ったんだけど
今ならよーく意味が分かります。
そこで語られる男性性と女性性の違いは
ほんとうに的を得ているのです。

で、宗方コーチは病気で自分がプロになることをあきらめたんだけれど
藤堂さんはプロとして世界で戦える実力を持ちながら
あえてコーチとしてひろみに寄り添っていくことを
愛を持って、自らの喜びとして選ぶんです。
そしてひろみは宗方コーチの死を乗り超え
世界一のテニスプレーヤーへと成長していく。

カッコイイ……。

女性性の時代ってなんだろうとよく思うんだけれど
本質的な男性性が開花することもイコールなんじゃないか
必要不可欠な要素なんじゃないかと思うのです。
女性って悪口言ったりあの手この手で男性を動かそうとする
戦争の背後には必ず女性がいるとはよく言われることですよね。

ほんとうにすばらしくカッコイイ男性ってどんな存在なのか
ほんとうの男性性ってなんなのか?
それを広やかに受容し、輝かせることが
女性性、母性なのではないかなと思います。

うーむ。

着地点がややおかしくなっちゃったけれど
私は宗方コーチや藤堂さん、あと、お蝶夫人とか緑川先輩みたいに
カッコイイ男性陣やら愛あふれる女性陣に囲まれているので
時々、コラッて叱られながらだけど
新しい時代をひろみのように
キラキラ生きていきたいと、あらためて思うのでありました♪

やっぱりおかしいなあ。
まあ、いいよね。

さ、お仕事がんばろーっと!
というわけで
どうぞ皆さまもご一緒に楽しくがんばりましょうね~☆

2015年4月3日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko

俯瞰するということ

こんにちは、なおです♪

昨日のブログで、俯瞰するって書いたんだけど
いろいろと思いを巡らせるうちに
じゃあ俯瞰するってなんだろうと思ったんですね。

俯瞰するって視点を上げていくことだと思うんです。
私は物理的にはとっても小さいのだけれど(笑)
心の目がある位置をどんどん上にもっていく。
どこまで上げられるかは心地の良い範囲ね。
しんどーいと思うんだったら続かないもの。
で、その状態で視界に入るところが今生きている自分の責任範囲です。

そこから見える人やものがみんなキラキラ輝いていないと
本当の意味で幸せだなあって感じられないですよね。
そういう意味での責任範囲。

この範囲をそれぞれが自身と対話し明確にして
生活やお仕事などを通じて
しっかりと責任を果たしていくことが
すごーく大切だなと感じるのです。

広い人を見て羨ましがったり
狭い人を見て蔑んだり
自分を無理やり違う人の枠と合わせようとしたりするのは
辛いことなんじゃないかな。

あと、いまはイベントやビジネスを
立ち上げたりされる方がたくさんいらして
グーンと視界を広げられる方も多いと思うんだけれど
この視点の上下が必要に応じて自由自在であることも、
とっても大切だなと感じます。

最近、時折見かけて「惜しい」と思うのは
あるがまま、ありのままでいいけれど
いろいろ行動していて
個人的にトゲっとした事態やションボリの事態が起こった時
それは相手の問題だから私は気にしないとか
気にならないから、私の問題じゃないという
よく言えばポジティブに捉える方がいらっしゃいますよね。

もちろんポジティブは大切だし
そんなに責められては自分が壊れてしまう、
なんていう状況の時は逃げるのもOKだし、
精神世界でいうところのプロテクトをしてもいいと思います。

だけどもし連続して同じ事態が起こるなら
もちろん相手の問題でもあるけれど
逆にあなたの問題だからいい加減気づきなさいよ、
ということかもしれません。
そもそも、ブログやFBに書いたりしているってことは
反応しているわけだし
何より、目の前で起こってるんだから、絶対責任範囲だもん。

私の場合は、数年前かな。
それに気づいて、うわーっと思ったら
本当にピタッとそういう問題は起きなくなりました。
というよりも、それが原因でお互いに苦手だった方と
実はとっても深いつながりがあることが分かって
今では時々講演の笑いのネタにしたりされたりするようになっています。

あと、まだまだ未熟ではあるけれど
私はこういう人間だからこうなんだと自分を決めつけずに
お相手の様子を見て、その人の心地良いように考えて
お話できるようになったところもあるかもしれません。
昔はそういうのって相手におもねってると思って嫌だったけど
たくさんの人とお会いしなければならなくなればなるほど
芯がブレてさえいなければ、
表面は柔軟なのがいいと思うようになりました。
それが大和撫子なんじゃないかなとも思うしね。

今思えば、ここはね。
フィフティフィフティ(中山美穂ちゃんの歌がグルグルしている)
お相手は大切な大切な鏡なんですね。
そう思って視点をその人もすっぽりおさまるところで上げると
ああ、私のこういうところが気になるんだなあ
で、実は自分も気にしていた部分なんだなあということが分かる。
(自分が怒っているときはその逆ね)
そうすると、まさに自分に接するように
素直に謝ることも含めて感謝することができる。

それでどうなるかはケースバイケースだろうけれど
少なくとも話題にものぼらないくらい
ほんとうに気にならなくはなるでしょうね。
相手に問題が残ったままなら相手が去っていくだろうし
ご縁があるからこそのぶつかり合いなら
さっきの私の話しのように深いつながりが生まれるかもしれません。

で、昨日の話に戻ると
たぶん大和の人々は
自分で思っている以上に責任範囲が広いんだろうと思います。

でもそれは、私は範囲が広いのよーって誇示するんじゃなく
舞い上がってしまうのでもなく
淡々とハイかイエスでこなしていく
そして、お互いの唯一無二の存在価値を認め合いながら
みんなですうっと手を取り合えるのが大和のこころ。
逆に言うと、だからこそ責任範囲が広いのです。

集うて祈る(意乗る)その意味は
上の方で手を取り合ってエネルギーを増幅させると
それが広くひろく届くよね、ということだと思うのです。
一人ひとりが自らの神性に目覚めていくこと
まさに「お祀り」ですね。

加えて
文字を読むというのは「意乗る」の強いバージョン。
ネットであっても心して授受しないといけないなと感じます。
そしてさらにいうと、紙に乗せるというのは「意乗る」のなかでも
いっちばん強いバージョンで
それを受け取るということは、それが時空間を超えて
手に取る方のエネルギーを変容させる
あるいは増幅させる手段なんだと思うのですよね。

なんか昨日気合いを入れて俯瞰したせいか
えらい饒舌になっちゃいましたね。
まだ書きたいくらいなんだけど、
そろそろお仕事に戻らなくては~。

そうそう、直観をちゃんと使えるようになってきたのかな。
車に乗ってエンジンかけたらこのとおり♪

2015033118100000

 

というわけで、あいかわらずの長文
お付き合いくださりありがとうございました。
それでは残りの一日も皆さまご一緒に楽しんで参りましょうね♪

2015年4月2日 | カテゴリー : つれづれ | 投稿者 : Yamauchi Naoko