ブログこの星の未来の創り方
2026.08.29
ええ加減、ちゃんとやりなさい
2026.08.29
神さまライフ|Day165
きれい・ねっと20周年記念パーティーの準備が
どんどん進んでいます。
当日は書籍の販売コーナーもあるのですが、
(当たり前ですね)
この機会に
新しいご本との
すばらしい出会いがありますように。
そんな祈りをこめて、
これまで書籍の発刊に合わせて
いろいろとプレゼントしてきた
すばらしい品々(非売品)のあれこれも、
ご用意できるだけ
大放出&プレゼントしたいなと思っているので
ご参加の皆さま
どうぞお楽しみになさってくださいね!
さて。
そうやって
いろいろと準備していると、
やっぱり昔のことを思い出すものです。
今朝の瞑想では、
ふと、故・舩井幸雄先生のことが
思い出されたりしていたのですが
そうしたらなんと、
今日のFacebookの「思い出」に、
2014年1月、
先生が天国へ帰られたときに書いた
ブログの抜粋が出てきたのでした。
ご存じない方もいらっしゃると思うので、
少し長くなりますが、
今日はその文章を
再掲してみたいと思います。
「ええ加減、
あなたもちゃんとやりなさい」
20周年という節目を目前にしている今、
やっぱり、
そんな先生のお声が聞こえるような気がする
今朝のわたしなのでした。
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舩井幸雄先生が、今月19日22時1分
天国へと旅立たれました。
旅立ちにあたり、たくさんのすばらしい皆さまが、
たくさんのすばらしい餞の言葉を贈られていて
それらを読むごとに
先生の人生の掛け値なしの大きさが感じられます。
わたしが先生に初めてお逢いしたのは
2006年の1月14日幸塾新春の集いの懇親会、
わたし、実は当時先生のことを
まったく存じ上げていないにもかかわらず
京都のホテルオークラのスイートルームに
当時保育園の年長だったたつきと
なぜか紛れ込んでしまっていて。
スーツ姿のおじさまがいーっぱいいらして
なんだか場違いだなあと
ちっちゃくなっていたのですが。
宴もたけなわ和気藹々のところ、ふと見ると
なぜか先生のお席の側にたつきが!
慌てても時すでに遅く
先生の隣りに座っていた秘書のこだまさんとの
珍会話がスタートしてしまいました。
こだま「(先生を指して)この人知ってる?」
たつき「知らないおじいちゃんです」
こだま「じゃあ、どんなおじいちゃんかな?」
たつき「はげぼうずのおじいちゃん♪」
一 同「…………」
当時幸塾の副会長でいらした藤田さん
そして、ほぼ同時に先生も目を細めて
大きなお声で笑ってくださって
それでさらに宴会は盛り上がったのでした。
いま考えても
冷や汗ものだった先生との出逢いから8年。
ずいぶんいろいろなことがありました。
やりとりさせていただいた
たくさんのお手紙やハガキやファックスの
未熟さゆえの
わがまま勝手なお手紙のお返事であっても
最後には必ず
「坊やによろしく」と書かれていました。
わたしにとっての先生は、そんな温かな方です。
昨年の11月、船井勝仁さんの新著発刊にあたり
「先生が一番伝えたかった事」と
タイトルに冠する以上はということで
もくじ案の段階から目を通してくださり、
過分なアドバイスをいただいたことの
御礼を一言と思い
ご体調のことを思って
半年ほど躊躇して書けずにいた
お手紙を書きました。
すると、お手紙と初版本が
届いたであろうその日に
先生からA4一枚に
しっかりとした直筆で書かれた
ファックスが届いたのです。
ようやく、出版社として
ひとり立ちの一歩を踏み出したことを
喜んでくださる内容とともに
やっぱり最後には
「坊やにもよろしく」と書かれていました。
そして、もうそれだけで十分だったんだけれど
新年、届いた『ザ・フナイ』の1月号を開くと
先生の「幸筆」の冒頭一文と、
続く「いまつたえたいこと」の最後の一文に
きれい・ねっとの名前を
出してくださっていたのです。
わたしはほんとうに驚いて、
次の瞬間涙がボロボロあふれてしまいました。
息子の著作の宣伝だから
当たり前だろうと思われるかもしれませんが
それはちょっと違うのです。
これまでのお手紙のやりとりで
先生に教えていただいたことの一つに
世の中の出版事情というものがあります。
本が出るというのは
経営上のステータスのひとつでもあり
本を出すにあたって、出版社を選ぶことは
著者にとっては当然のことで
地方の名も知られていない出版社から
息子の著作が、
しかもそんなタイトルで世に出されることは、
経営指導の神さまたる先生にとっては
絶対にNGなのです。
だから、
心としては優しく接してくださっても
それはあくまでも
「坊やを抱えてがんばっている」
ということに対してであって
経営の話ができるほどの
扱いにはならないというのが
そこは先生の当然の、
厳しいところだったのです。
それが、ようやく認めていただけたということ。
いや、違うなあ。
昨年、川田薫先生とご一緒に
熱海のご自宅に寄せていただき
そのあと、ヒカルランドさんのご本に
参加させていただいたときにも
おんなじことを感じたんだけれど
「ええ加減、
あなたもちゃんとやりなさい」
という
あの、なんとも言えない先生のお声が
聞こえるような気がするのですよね。
先生は肉体という器から離れて
探求されてきたさまざまの真理真実も
いっきに確信としてお分かりになられ
その魂は自由に
飛びまわっておられることと思います。
とても律儀な先生のことだから
ご縁ある人のところは
ぜんぶ行かれるはず……。
なんだか、
ちゃんとやらないと
大目玉をくらいそうです。
まだまだ
どうしようもなく悲しいけれど、
いっぱい泣いていた口が
言えることじゃないけれど
ご冥福をお祈りしますなんて
悠長に泣いてばかりはいられませんね。
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今日もお読みくださり、
心よりありがとうございます。
愛と感謝をこめて。
山内 尚子 拝
今日の写真は2006年11月11日熱海にて撮影の、
不思議な「きんきらきんの写真」
前後の写真は普通だったのですが……。