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2026.04.09

7歩目を踏み出す

2026.04.09
神さまライフ|Day23
昨日は台湾の旅のご案内をしたので
ちょっと書けなかったのですが
昨日、4月8日はお釈迦さまのお誕生日でした。
今日は以前書いた記事を
少し短くしてご紹介しますね。
 
お釈迦さまのお誕生日は、
現在も「花まつり」ということで、
全国各地のお寺でお祝いが行われています。
お釈迦さまのお父さまは
釈迦族の国王シュッドーダナという方です
(お釈迦さまは王子さまなのです)。
お母さまであるマーヤーさまが
(マリアさまと音が似ていますね)が
出産のために
ご実家のあるコーリヤに戻られる道中、
ルンビニー園(ルンビニーは今のネパール)という
花園に差しかかったときに産気づき、
出産されたといわれています。
春暖かな4月8日、
ルンビニー園には
美しい花々が咲き誇っていたそうです。
さて、お釈迦さまのご誕生にあたり、
もっとも大切なメッセージはやはり、
立ち上がって7歩歩き、
右手で天を、左手で地をさしておっしゃられた
「天上天下唯我独尊」というお言葉でしょう。
お釈迦さまが実在したことは間違いないのですが、
このお話はさすがに
作り話の可能性が高いのかもしれません。
でも、わざわざ作り話を残したということは、
なにか伝えたいことがあったはずです
(聖書などで語られる神話も同じですね)。
まず「7歩」。
仏教では、人間は悟りを開くまで間、
6つの世界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を
車輪が回るように迷いの生死を繰り返し
巡り続けると考えられていて、
これを「六道輪廻(ろくどうりんね)」といいます。
そして、悟りを開いた(解脱した)者のみが、
この6つの世界のループから抜け出して、
困苦のない幸せな世界(仏の世界)へと
進むことができると考えられています。
お釈迦さまが生まれてすぐに
7歩歩かれたというのは、
その一歩一歩で別々の世界を巡り、
7つ目の世界へと渡ったということになるのです。
ちなみに、「仏陀」というのは
「悟りを開いた人」という意味で、
固有名詞ではありません
(「キリスト」も固有名詞ではなく
「油注がれた者、後に転じて救世主」という意味です)。
「天上天下唯我独尊」という言葉は直訳すると
「世界の中で、私のみが唯一尊い存在である」
ということになります。
仏教のお説法では
「私だけが尊い」という
傲慢な様子を表しているのではないとされますが、
じつは確証はないようです。
ただ、わたし自身は
曹洞宗のお寺の保育園に通っていた
息子と一緒に花まつりに参加した時に、
ご住職でもある園長先生が
「「唯我独尊」というのは、
「唯だ、我、独(ひとり)として尊し」
という意味なのですよ」と教えてくださったことが、
今でも心深くに残っています。
人は、地位や名誉、財産といった
何かを得ることによって尊いものになるのではない。
誰かや何かと比べて尊いということもない。
天上天下、
この宇宙の中でただ一人の、
誰とも代わることのできないいのちとして、
このいのちのままで、
すでにかけがえのない
尊い存在なのだということです。
いま、この春の日に
かけがえのないいのちである、
尊いあなたと繋がれていることに
心から感謝しています。
つながりあい、学びあって魂を磨き、
春爛漫、はじまりの時
ともに迷いや苦しみを軽やかに超えて
7歩目を踏み出していければ、
これほど嬉しいことはありません。
気負い過ぎることなく、
楽しくご一緒できれば幸せです。
今日もお読みくださって
心よりありがとうございます。
今日の写真は
お釈迦さまが誕生した直後をあらわす
「誕生仏」
愛と感謝をこめて。
山内 尚子 拝